自動車保険

古い基準て厳しく査定される後遺障害

「脊髄損傷」なのに後遺障害認定されず

実は、死亡事故もさることながら、件数として圧倒的に多いのは後遺障害の等級認定をめぐるトラブルだといわれる。多くの被害者が、自賠責の厳しすぎる認定に苦しんでいるのだ。
交通事放でけがをし、後遺障害が残った場合は、程度に応じて白賠責保険から決まった額の保険金が支払われることになっている。その際に基準となるのが、自動車損害賠償保障法施行令に定められている「後遺障害別等級表」だ。その等級は、もっとも重い一級から、一番軽い十四級まで十四段階に分かれている。
一級の後遺障害とは、両眼失明、介護が必要な精神障害、両足を膝の関節以上で失ったもの、両手をひじ闘節以上失ったもの……など八項目。それが十四級になると、局部に神経症状を残すもの、まつげにはげを残すもの、片手の親指およびひとさし指以外の指の末関節を屈伸することができなくなったもの……など十一項目と、内容もかなり軽いものになってくる。
被害者は、ある程度の治療を終えて症状が固定すると医師に診断書を書いてもらう。そして、各地にある自算会の調査事務所(自賠責共済の場合はJAの査定担当者)が、それらの書類をもとに調査をおこない、後遺障害の等級を認定する。等級が決まったら、それに応じた後遺障害保険金が被害者に支払われるというシステムだ。
ところが、その認定は全体的に厳しく、また現代社会にそぐわない部分も多いため、それに納得できず裁判に訴える被害者も多いという。
東京都豊島区に住む主婦、永井洋子さん(54=仮名)もそのひとりである。事故から六年以上たったが自賠責の後遺傷害等級認定は受けていない。現在訴訟中のため、傷害の保険金もまったく支払われないままだ。
「冬になり気温が下がると、全身にナイフが突き刺さったような,痛みが走ります。そして、まるで砂袋がのっているかのように足が重くなってしまうのです・・・」
そう語る彼女が事故に遭ったのは、一九九一年の初夏。JR中野駅ガード下で自分の車に乗り込むためドアを聞けようとしたときだった。
後ろから発進した乗用車が、いきなり加速してきたのだ。永井さんがまだ車の横に立っているにもかかわらず、である。その間隔は一五センチほどしかなかった。
「もうだめだ・・・、そう思った瞬間、背骨がゴリゴリと音をたて、骨がついた自分の歯が血とともに飛んでいくのが見えました。腕は半聞きのかさのようにねじられ、私の身体はコマのように回転しながら砕けるように路上に転がったのです」
永井さんは自分の車と加害車の間にはさまれ、全身のいたるところに大きなダメージを受けた。
左ほお骨骨折、即頭骨骨折、下顎骨骨折、歯肉裂傷、頚椎捻挫、第六胸椎圧迫骨折、骨盤輪不安定症、左第二肋骨不全骨折、恥骨部挫傷、顔面打撲、頭部打撲・・・、いくつかの病院で受けた病傷名は多岐にわたった。そして退院後も激しい痛みや麻痺、歩行障害、めまい、耳鳴り、吐き気などのさまざまな症状が残ったため、永井さんは通院を続けながら痛みを抑える薬を服用し続けた。
そして事故から約二年後、これ以上治療しても症状はよくならない(症状固定)と診断されたため、永井さんは医師が作成した、「後遺障害診断書」とともに自賠責保険の請求をおこなった。
ところが、自賠責の後遺障害認定は現在も受けられないままである。永井さんが訴えている数々の症状は「心因性によるもの」、つまり精神的なものが大きく影響しているので、後遺障害ではないと判断されたのだ。
永井さんは、現在、東京地裁で訴訟中である。ちなみに、九四年に受け取った身障者手帳には「脊髄損傷」で二級の障害と認定されている。区の見解と自算会のそれとは、なぜか大きく食い違ったままなのだ。