問題多い査定基準

それにしてもなぜ、自算会の判断が、被害者の訴えとこうも食い違ってしまうのか? 多くの交通事故訴訟を手がけてきた弁護士、K氏はこう指摘する。
「自賠責保険、が後遺障害の認定に使っている等級表は、今の日本の社会状況に照らすと古すぎるのです。実はこの表は、三六年の工場法施行令によって定められた『身体障害等級及び障害扶助料表』を基に若干の訂正を加えただけのもの。つまり、当時の炭坑労働者をはじめとする肉体労働者の運動機能障害を中心に構成されたものを、現在でもそのまま使っているわけです。これまでに何度か修正が加えられてきたことは私も認めますが、決して大々的なものではありません」
もともと、自賠立が実際にスタートした五六年には、傷害は「重傷」と「軽傷」に分けられ、保険金額の上限はそれぞれ十万円、三万円となっていた。しかし、重傷と軽傷の区分の基準が不明確だったため、六四年に傷害の保険金額とは別枠で「後遺障害」の保険金額を新設。そのときに等級表のベースとなったのが、戦前に、労働者災害補償のためにつくられた「身体障害等級及び障害扶助料表」だったというわけだ。
昔の「扶助料表」を読み直すと、現在の自賠責の表とうりふたつだ。ともに一級から十四級までで、各級の項目も表現も、文語と口語の違いを除けばほとんど同じ。前者の一級の最初が「両眼ヲ失明シタルモノ」なら後者は「両眼が失明したもの」、前者の十四級の最後が「男子ノ外貌――醜状ヲ残スモノ」なら後者も「男子の外貌に醜状を残すもの」である。
白算会では、被害者から診断書などが送られてくると、その内容に照らし合わせながら等級を決めていく。「願問医」が診断書やレントゲン写真などのチェックもするが、なにぶん、基礎となる等級表自体が、時代遅れも甚だしいとK弁護士は指摘するのだ。
「たとえば、被害者の顔に五センチ以上の線状痕が残った場合、女性なら七級として千五十一万円の自賠責保険金が支給されるのですが、男性の場合は今でも十二級で、二百二十四万円しか支給されません。これが男女差別でなくて何でしょうか?」
ほかにも、K弁護士が扱った事件の中で後遺障害別等級表の古さを痛感させるものに、交通事故のけががもとで性的不能になった二十一歳の男性の例がある。彼は当初、もっとも低い十四級に認定された。
「性的不能に関しては、自賠責保険の後遺障害別等級表では『生殖器に著しい障害を残すもの』(第九級十六号)『局部に頑固な神経症状を残すもの』(第十二級十二号) 『局部に神経症状を残すもの』(第十四級十二号) の三つの該当項目があります。しかしこれらはいずれも排尿障害や性交不能といった直接の現象面だけを評価するにとどまり、インポテンツの『社会的不利』、たとえば結婚や異性との交際への傷害、精神的な負い目などといったハンディキャップを積極的に評価しようとする思想は入っていないのです」
自算会関係者もこう指摘する。
「古さもさることながら、労働災害を対象としたものを交通事故にそのままあてはめようとするところに問題がある。労災は十五歳以上の働ける年代層を対象にしていますが、交通事故は年齢の幅がもっと広く、むしろ被害者は幼児や高齢者が多いのです。自賠法独自の損害を規定していくべきです」
診断書を書く医師の間からも、自賠責の後遺障害別等級表については批判がある。
「後遺障害の等級表をよく見てください。あれはもともと整形外科系の発想でつくられており、内科や精神科系の後遺障害はほとんど無視されているのが実状です。他覚症状、つまり見た口でそれとわかる外科的な後遺障筈以外は尊重しないというのですから、他科の医者としては冗談じゃないといった感じです。確かに、炭鉱労働者などをイメージしていた六十年前はうまくできていたのかもしれません。しかし現代医療は日に日に進歩し、職種も当時と比べれば多岐にわたっているのですから、時代に応じた大幅な改革が絶対必要です」(外科医)
「全体的な印象としては、現在の自賠立の後遺障害認定は厳しいと思います。ところが、ある面では甘い部分があるのも事実です。たとえば、脳に傷を負った場合などは、それだけで後遺障害の認定が甘くなるのです。現在は手術も進歩し、現実的には障害がまったく残らないまでに回復していても、重い後遺傷害の等級で認定されていることがよくあります。一方、レントゲンには写らないしびれや神経的な後遺障害は軽く査定され、実際の症状は重くても最近ではほとんど切り捨てられているのが現状ですね」(整形外科医)
自算会側にも言い分はある。
「後追障害別等級表は、『自動車損害賠償保障法施行令』の中に別表として定められていますので、その範囲内で運用するしかないのです」