見えない痛みはまず「疑え」

また会計者は別の理由を明かす。
「被害者の中には、外からは傷害の有無を判断しにくい『むち打ち症』などをたてに、必要以上の『治療』を続けたり、事故をでっち上げて不正請求をする者もいる。九二年に暴力団対策法(「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」)が施行される前まで、『交通事政は暴力団の最高の資金源』と言われ、偽装事故やニセ病事件、が多発していた。医師側の問題も大きいですが、まず疑ってかからざるをえないんです」
私自身、以前取材していた交通事故裁判が忠わぬ展開を見せ、驚かされたことがある。交通事故による脊髄損傷で退院後も半身麻痺を訴え、右足に装具をつけ、左は松葉杖という痛々しい姿で法延の証言台に立っていた男が、なんと模造ライフル銃を持って郵便局強盗に押し入り、逮捕されたのだ。しかも郵便局の前には逃走用のスクーターまで用意されていたという。実は、彼は合計数千万円にのぼる保険金を各社に請求し、損保会社から偽装事故を疑われて裁判中だった。
こんなケースもあるため、他覚症状のない後遺障害の認定を厳しくおこなおうとする姿勢も埋解できなくはない。しかし、だからといって本当に苦しんでいる被害者の後遺障害についてもすべて疑ってかかるとすれば問題である。
後遺障害は等級表に従って適切に認定するというが、運用次第で件数を操作できるのも事実だ。実際に、自算会では八五年から九五年までの十一年間で「精神・神経症状」による後遺障害の認定件数を半分以下に減らしている。
自算会の資料によると、「むち打ち症」などの後遺障害の支払件数が八一年から急激に増え始め、八四年十二月の自賠責保険審議会では、「後遺障害認定の適正化」が重要課題になった。自算会が出している『自動車保険の概況』(九五年度)には、自算会の方針として、〈この課題について鋭意取り組んできました〉とはっきり書かれている。それによると、「適正化」に向けておこなった取り組みとは次のようなものであった。
(1)願問医の委嘱……後遺障害認定に際しては、高度な医学知識やレントゲン写真などの検査結果の読解力を必要とするため、それぞれの分野において信頼のおける専門医を願問医として委嘱し、障害の程度、障害との因果関係などについて意見を徴するなど、認定の適正化を図っている。
(2)再診断病院の活用……後遺障害認定の公正を則するため、後遺障害認定上、疑義を生じた場合には、国・公立病院などの医療機関による再診断を依頼している。
(3)軽度な精神・神経系統の障害に対する取り組み強化……被害者の訴えを裏付ける他党的な医学的所見を伴わない軽度な神経症状(例えばいわゆる「むち打ち症」)については、客観的な評価が難しいため、受傷態様や治療経過の詳細な調査をおこなうとともに、上述の願問医や再診断病院の意見・助言を積極的に得ることなどにより、認定の適正化を図っている。
(4)後遺障害調査担当者の知識・能力の向上……当会は、各調査事務所に後遺障害の調査を専門的におこなう後遺障害調査担当者を配置するとともに、医師の前義などによりこれらの担当者に対する研修を強化し、後遺障害調査に関する能力の向上を図っている。
こうしたチェック体制の強化の結果、八五年には傷害の全支払件数に対して八・五パーセントだった後遺障害の支払件数の割合は、九五年には一二・八パーセントまでダウン。その中で「精神・神経症状」(主に十四等級)だけの割合を見ると、八五年の五七・五パーセントから九五年には二八・六パーセントにまで減った。「適正化」の効果は、十分あがったといえるだろう。
関係者の話によると、ある地区の調査事務所では、時速一五キロ以下のスピードによる追突では入院をいっさい認めないという徹底ぶり。また、ある調査事務所では、長期治療を打ち切り、医療費の支払いを減らした調査員には表彰をおこなったという話もあるという。
しかし、この不正請求をシャットアウトしようとする過程で、本当に苦しむ人まで排除された例がなかったといえるだろうか。交通事故裁判を数多くこなしてきたある弁護士は語る。
「私が取り扱った事件でも、実際にはかなりひどい障害を負っているのに、どうしてこの人が・・・?と首をかしげたくなるほど軽い等級で認定をされているケースがあります。障害がまったくないのに、誰がいつまでもそのことを引きずって請求を繰り返したり、裁判までしたいと思うでしょうか。大半の被害者は、健康な身体になり一日も早く事故のことを忘れて普段の暮らしに戻りたいと思っているはずです。ところが自算会はほとんどの場合、書類だけで審査をしますから、どうしても判断が厳しくなりがちです。等級認定に対して異議申し立てがあった場合は、たとえ三十分でもいいから被害者と面談してみるべきです。そうすれば、その被害者が本当に後遺障害で苦しんでいるか、それとも保険金目当ての
詐病かがわかるはずです」